1980-11-04 第93回国会 参議院 内閣委員会 第4号
当時しかし山林局長が、そんなことはおれが命にかけたってさせぬと言ってがんばってあの日比谷公園の木を残したという、そういう気概がいま必要なんじゃないでしょうか。そういうようなことを私は特に強く訴えたいというふうに思うんですよ。
当時しかし山林局長が、そんなことはおれが命にかけたってさせぬと言ってがんばってあの日比谷公園の木を残したという、そういう気概がいま必要なんじゃないでしょうか。そういうようなことを私は特に強く訴えたいというふうに思うんですよ。
お手元の履歴書で御承知のように、黒河内君は、昭和三年三月大学卒業後、農林本省の各課長、企画院の課長、北海道庁の経済第二部長等を経て、同二十年十月農林省山林局長となりましたが、同二十二年三月退官いたしましたその後、弁護士、農村法制研完会常務理事、京都大学農学部講師等の各職にありましたが、同三十年十月愛知用水公団監事となり、現在に至っているものでありまして、また現に、農村計画研究会常務理事、新市町村建設促進中央審議会委員等
そういたしまして、相当長い間いろいろ折衝がございまして、そうして大正五年に初めて一つの打ち合せといいますか、協定が成立しておるわけでございますが、そのとき山林局長並びに馬政局長官のもとでそういう放牧あるいは採草をする土地に対してはその草の改良、増殖を期するために十分にこれを奨励して行くと、また国土保安あるいは地方維持のためにその限定地についてある程度の放牧の頭数限度を示すというような一つのルールを決定
笹山君は農林省山林局長、農林省水産局長、同開拓局長、農林次官に在職したものであり、足鹿君は米子市農業会長、鳥取県農業会理事を経て鳥取県販売農業協同組合会長、全国販売農業協同組合連合会理事となり現在に至つておるものであります。又片柳君は食糧管理局次長、同長官、農林次官等を歴任したものであります。
○三浦政府委員 このような結果を招来したということは、この会計の支出官あるいは歳入徴收官である山林局長、林野庁長官といつたような者にあると言わなければならぬと存じます。
しかるにこれを妨害して渡すまいというような方針をとつていることに対して、山林局長はいかなるお考えをもつておられるか。